2013年7月5日金曜日

ソ連の工業力の拡大

こうした分析結果から、二つ重要なことがいえる。第一に、共産主義体制の方が優れているという考え方は、ほとんど根拠をもたない。共産主義体制の一部を取り入れれば、西側も簡単に経済成長を加速できるとする通説は、たしかな根拠に基づいたものではない。東側の急速な経済成長は、ひとつの要因ですべて説明できる。いまの消費を犠牲にして将来の生産にまわす節約精神である。共産主義国の例は、楽をして急成長を達成できるわけではないことを示している。第二に、共産主義国の経済成長には限界がある。したがって、従来の成長率をそのまま将来に当てはめて考えると、現実的な見通しとはかけ離れたものになる可能性が高い。投入一単位当たり生産の増加ではなく、投入そのものの増加に基づく経済成長では、いずれ収益が逓減するのは目に見えている。

ソ連が従来どおりのペースで就業率を引き上げ、教育水準を向上させ、物的資本ストックを拡大しつづけることはありえない。共産主義国の成長率が減速すること、しかも、おそらく大幅に減速することは、はじめから予測できた。現在、アジア諸国の急速な経済成長が識者の注目を集めているが、これと一九五〇年代の共産主義国の高度成長の間に、共通点があるだろうか。もちろん、一見、共通点はなさそうだ。九〇年代のシンガポールと五〇年代のソ連には、共通点がないように見える。リー・クアンユー前首相はフルシチョフとは似ていないし、ましてスターリンとは似ても似つかない。

しかし、ソ連の経済成長をめぐる大論争をおぼえている人なら、アジア諸国の経済成長の要因に関する最近の研究結果を見て、なつかしいという感覚にとらわれるに違いない。いずれの場合も、俗説と現実的な見通し、つまぴ常識とたしかな数字とが大きく違っているために、まともな経済分析の結果がまったく無視され、たとえ公表しても、的外れの議論として片付けられることが多い。過熱気味のアジアーブームには、水を差す必要がある。アジアの急成長は、一般にいわれるほど先進国にとって参考になる面はなく、今後の成長率は予想されているほど高くはならないと見られる。

しかし、このように通説に異議を唱えるとかならず、先入観の壁にぶつかる。そこで、小論の冒頭で、ソ連の経済成長をめぐる三〇年前の論争を例に引き、過去の過ちを繰り返す恐れがあると指摘した。以前にも、似たような問題があったのだ。しかし、当時、ソ連の経済成長が西側にとってどれほど驚異的なものであり、どれほど大きな脅威と映ったかをおぼえている人がほとんどいないのでは、話にならない。そこで、アジアの急成長について触れる前に、うすれた記憶を呼び覚まし、経済史の重要な一こまを振り返ってみることにしよう。

社会主義体制が崩壊した現在では、ソ連の経済といえば、社会主義の失敗との関連でしか話題にならないので、その成長が世界の驚異の的になっていた時代があったといわれても、にわかには信じられない人がほとんどである。当時、フルシチョフ首相は国連総会で靴で机をたたいて「お前たちを葬ってやる」と叫んだ。これは、軍事力より経済力に対する自信から出た言葉である。こうした歴史上の事実がほとんど忘れ去られている現在では意外なことに思えるが、たとえば、一九五〇年代中ごろから六〇年代はじめにかけてのフオーリンーアフェアしス誌を見ていくと、ソ連の工業力の拡大が西側にあたえる影響を取り上げた論文が、少なくとも年にひとつは見つかる。