2014年10月14日火曜日

華人経済はアジアに根づくか

『華人資本の政治経済学土着化とボーダレスの間で』岩崎育夫、大陸中国の南に広がる海域アジアには数千万に及ぶ在外華人が居住している。共産革命の上海から逃避してきた企業家や広東省からの越境者の住まう香港。清末期に広東省や福建省などの華南から列強の植民地支配下にあった東南アジアに移り住んだ南洋華僑。十七世紀後半期から十八世紀にかけて同じく華南から海峡を越えて移住し、その刻苦精励によりアジア有数の発展地域をつくり上げた台湾住民。

中華世界における「資本主義の精神」は、大陸中国にではなくこれら在外華人の中に横溢している。東南アジア経済発展の主役となり、改革・開放期中国の成長牽引車となったのは、まぎれもなく在外華大である。「華大資本の政治経済学」は、今日のアジアの発展を論じる場合のおそらくは最重要のテーマの一つにちがいない。長らく待ち望んでいたこの分野の秀作が上梓されたことは画期的である。

著者は「華人資本特殊論」、つまり「華人資本が中国人の民族性と結びつけられて、日本資本やアメリカ資本とは違った、何か特別のものであるかのように語る」俗説を排して等身大の姿を描きだそうと努めている。華人資本は東南アジアでの長い事業展開の過程で立地国の地場資本としての性格を強め、それぞれの国の発展の不可欠の構成要因となった。

華大資本の対中投資が近年めざましいが、それも中国の成長が豊かなビジネスチャンスを彼らに提供しているからであって、逆に中国のマクロ経済が不安定化して投資リスクが大きいものとなれば、華大資本はおのずと他の代替地へと転じていくはずだと著者はみなしている。「血は水より濃い」という華大資本にまつわる通念を確かな実証によって退け、中華経済脅威論が幻想であることをわれわれに諭している。